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真田幸村の生涯

1567
上田城主真田昌幸の次男として生まれる
1585
上杉家に人質に出される
1587
大谷吉継の娘を娶る
1600
紀伊高野山麓九度山に配流される
1614
西軍で大坂冬の陣に参戦
1615
西軍で大坂夏の陣に参戦
1615
夏の陣で戦死。(享年48歳)

-豊臣秀頼への忠誠心を貫く-

父・昌幸と共に各大名家を転々とし、幼いころから上杉景勝や豊臣秀吉のもとに人質に出されていた。

関ヶ原の合戦では父と共に西軍として参戦。上田城に籠城し、3万の徳川秀忠軍をわずか3千の兵で打ち破った。

一躍その名を轟かせた大坂の陣では真田丸という出城を築き、ゲリラ戦で徳川軍を翻弄し、夏の陣では家康本陣に何度も突撃をかけ、馬印を倒し、一時家康に自害を決意させるほど追いつめる。最終的に数に勝る徳川軍に押され、安居神社(大阪市天王寺区)で休憩中に徳川軍の鉄砲隊に討たれる。


六連銭四方旗印
真田家の家紋は「六文銭」と呼ばれているが正しくは「六連銭」

「関東勢百万も候へ、男は一人もいなく候」

「関東の軍は100万人もいるのに、男らしい者は1人もおらん。」 南河内・道明寺の戦いで殿軍(しんがり)を務め、伊達政宗が率いる騎馬鉄砲隊を打ち負かしたときに言い放った幸村らしい言葉と言えるでしょう。

「一旦の約の重きことを存じて較ぶれば、信濃一国は申すに及ばず。日本国を半分賜るともひるがえしがたし」

「自分は秀頼公と約束をした。その約束の重さは、信濃一国は言うに及ばず、日本を半分下さるといっても約束を破るわけにはいかない。」 大坂夏の陣で徳川側から「大阪城を出て徳川に味方すれば、信濃で4万石を与える」と申し出に対する返答である。義を重んじる幸村の気概を感じる。

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